Summer 2002 ライブリポート・STB 139 7/30/2002

ライブリポート by mid-west さん


 午後9時35分。この律儀なミュージシャンたちはステージに戻ってきた。セカンドセットである。まず健吾さんのMCから。「残念ながらあと二曲を残すだけになりました。僕は、以前日本ではエレクトリック・ベースを弾いていたんですが、ボストンのバークリーカレッジに入学してから、ウッド・ベースにスイッチしたんです。今日はその、なつかしいエレクトリック・ベースで演奏します。お客さんの前でやるのはこれが初めてです」。大きな拍手がオーディエンスから起きる。健吾さんのホームページなどでは、ライブ終演後のジャム・セッションで実に楽しそうにエレクトリック・ベースを演奏する彼の姿が紹介されていたり、小曽根さんのライブを聴きに訪れたボストンで、奥さんのkiyokoさんを車に残し、彼がひとり楽器屋で往年の名器を愛でていたことが報告されている。今夜は白いボディが美しい四弦のエレクトリック・ベースである。

06 Cantaloupe Island
ハービー・ハンコックの曲『カンタループ・アイランド』。この曲、ひばりさんによれば、二年前にアンコール曲として演奏されたことがあるそうだから、おそらく健吾さんの長年のレパートリーなのである。今夜はアンコールではないので、あくまでもシリアスに始まったのだが、いやはや、健吾さんのファンキーな側面が全開となってごきげんである。アルト・サックスのソロから、エレクトリック・ベースとキーボードの掛けあいになると、スラッピング奏法でドゥンドゥカ・ドゥカドゥカ、低音をこれでもかと僕たちに届けてくる。僕たちオーディエンスは、お腹の底からのヴァイブレーションに酔う。立ってキーボードを演奏していた野本さんが今度は座って、ピアノとベースの掛け合い。そこにアルト・サックスが切り込んできて、ロドニーのタンバリンが加わり、会場が一体となってのファンキー・グルーブである。健吾さんが、指でサインを出して華やかなエンディング。こりゃ、楽しいぞ。「いよいよ最後の曲は、スティービー・ワンダーの曲です。アルバム『キー・オブ・ライフ』の中から『コンチュージョン』です」

07 Contusion
 健吾さんは、スティービー・ワンダーの曲が好きだ。今夜も最終曲にこの曲を選んできた。メロディアスでしかもファンキーなところが、いかにも健吾さんにぴったりなのだ。アントニオがソプラノ・サックスに持ち替えて、キーボードとの掛け合い。右袖にいる、ルー様こと高橋徹さんが今にも踊り出しそうに身体を揺らしている。めちゃくちゃ目立っているが、本人はおかまいなしである。メンバーはしきりにアイコンタクトをとりながら、ソロを回してゆく。サックスからベース、そしてそこにまたサックスが割り込むという具合で、熱い興奮に会場が一体となって行く感じが実に爽快である。中村健吾NYカルテットは熱い!午後10時9分、セカンドセットが終わった。万雷の拍手。オーディエンスは熱狂している。間もなくメンバーが戻ってきた。アルトサックスを持った池田篤さん、高橋徹さんも一緒である。「今日はほんとうにありがとうございました。みなさんに僕の東京コネクションを紹介します。サックスの池田篤とドラムスの高橋徹です。アンコールは彼らと一緒にやります。曲は、『Oko-Yik』です。」

08 Oko-Yik as Encore
 愛妻kiyokoさんに捧げられた健吾さんのオリジナル・ソング。今夜は、健吾さんの父上や、kiyokoさんの母上も会場に来ておられると聴いた。ニューヨークにひとり残るkiyokoさんに届けとばかりの熱い演奏がはじまる。ステージの袖でムズムズしていた池田さんも高橋さんははじめから気合いが入りまくりで、とびかからんばかりの熱い塊である。そりゃそうだ、こんなに楽しい演奏を隣で聴いていれば、自分で演奏したくなるのがジャズ・ミュージシャンの生理なのである。アントニオと池田さんのツインサックスと高橋さんのドラムスではじまり、まずは池田さんと高橋さんの掛け合い。野本さんのピアノと健吾さんのベースが気持ちよくリズムで絡む。気持ちよさそうである。シンバルの音を合図に、今度はアントニオ&ロドニー。アントニオは、ガーシュインの『ファシネイティング・リズム』をフィーチャーしたアドリブ。ロドニーはサンバのリズムを叩き出す。スイング!スイング!メンバーもみんな笑顔である。サックス吹きは、アントニオにしても池田さんにしてもポーカーフェイスなのだが、このセッションではニコニコしながらお互いのプレイを見ている。アイコンタクト頻繁にとり、時には耳打ちしながらソロ回してゆく。野本さんのピアノソロは高橋さんのドラムスが支える。高橋さんの渾身の演奏。小さな音から極大の音まで、ドラムスという楽器の可能性を試すようなドラミングである。演奏はNYコネクションに移り、また東京コネクションに移って、最後はツイン・サックス、ツイン・ドラムスで熱狂のエンディング。いや楽しいなんてものじゃない。期せずしてジャム・セッションを堪能した僕たちオーディエンスは幸福の極みであった。もちろん、NYと東京のふたつのカルテットを見事に統合してみせた健吾さんの満足感はいかばかりのものだったろうか。幸せやろうなあ!全員が肩を組んでオーディエンスの拍手を受ける。みんないい顔をしている。僕たちも…である。ジャズの楽しさ、喜びをとことん感じさせてもらったライブだった。この感動、ニューヨークのkiyokoさんにも届きましたよね!きっと届いていると、僕は思う。午後10時29分、今夜のライブは終了した。

 二枚のリーダーアルバムを出し、二回のジャパンツアーを成功させ、ニューヨークのブルーノートやシュガーヒルビストロで定期的にセッションを行っているベーシスト中村健吾の現在、そして彼自身を支える自信が、このライブを成功に導いたと僕は思う。エレクトリック・ベースでの演奏にしても、決してノスタルジックな回顧やサマーセッションのための特別な趣向ではなかった。いつも音楽に対して、ジャズに対して真剣に正面から向き合うとしている中村の精神が、
おそらくこの夏、自らの来歴に彼を向き合わせたのだ。そして、それは今年の夏の中村にとって必然的なものであったに違いない。成熟したからこそ、過去の自分とも向き合えるのである。獲得したのは、おそらく自由。目の前にはとてつもない大きなフィールドが待ちかまえている。一度ちらっと振り返ったら、もう前に進むしかない、中村健吾は今そう考えているように僕には思えた。ファンキーにしてシリアスなベーシスト中村健吾。次はどんな音楽を聴かせてくれるのか、僕はもう今からドキドキ・ワクワクしているのである。

 僕の次の夢は、健吾さんのライブをニューヨークで聴くことだ。ブルーノートもいいけれど、シュガーヒルでのセッションを聴きたい。きっと何かが起きる。いやもう、きっと何かが起きているのだ。だからこそ、今の中村健吾がある。そのケミストリーを、僕はこの眼で、この耳で確かめてみたい。今回、中村健吾NYカルテットは、そういうNYからの熱い風を東京に運んできたのでもある。だから、僕がある日シュガーヒルの座席に座っていても、驚いてはいけません。
すべてあなたが種を蒔いたのです、健吾さん! ほんと、NYに行きたい。ええやつって、けっこう罪作りなんやってさ!


Program

ファーストステージ