Summer 2002 ライブリポート・STB 139 7/30/2002

ライブリポート by mid-west さん


中村健吾が東京に帰ってきた。
あの熱い興奮に包まれた4月30日の南青山Body &Soulからちょうど三か月。今度は、新メンバーによるNew York Quartetを率いての登場である。六本木のSTB139は開場の午後6時過ぎから、開演を待ちきれないオーディエンスが次々に集まりはじめていた。今回のNY Quartetのメンバーは、ジャパンツアーでのピアニスト野本晴美さんはそのままに、サックスにアントニオ・ハート、ドラムスにロドニー・グリーンという陣容。新メンバーの二人も、健吾さんと気心の知れたすばらしいジャズメンたちとあって、いやおうなく期待は高まる。私たちは、ジャパンツアーでの中村健吾カルテット(サックス池田篤・ドラムス高橋徹)が既に円熟の域に達していることを知るだけに、今回のNYQuartetでの中村の新境地がどのように開かれるのか、その予感に胸をときめかせているのだ。客席からやや高めのステージ上には、向かって左からキーボードのセットされたピアノ。中央奥にはエレクトリックベースとアンプ、その前にウッドベースが横たわる。そして右側にはなんとドラムスセットが二組。これはすごいことになるかもしれないぞ……ステージのセッティングを見ながら、僕はなかば確信に満ちてそう思った。

 午後8時2分、サイドのカーテンがするすると降り、会場が暗くなって、メンバーが登場した。健吾さんは、セカンドアルバム“say hello to say goodbye”のジャケット写真と同じいでたち、つまりはブルーサテンのシャツに黒のパンツと洒落のめしている。照明があたって鈍く輝くシャツがセクシー。ピアノの野本さんは、型染めのいかにも日本の夏らしいシャツとパンツ、ドラムスのロドニーはスーツ姿に帽子を被る。眼をくりくりさせチャーミング。そして、ステージ中央に、濃いブルーのシャツと黒のパンツのアルト・サックスのアントニオが登場して、割れんばかりの拍手の中演奏が始まった。

01 Sweet and Lovery
 中村健吾は、スタンダードの名曲を一曲目に選んできた。スイング感あふれる4ビートリズム。今回ニューヨークカルテットと名乗るだけあって、ニューヨークのフレーバーを豊かに感じさせる音造りである。ベースの弦を叩くよう演奏するスラッピング奏法から入ってまずはカルテット、そしてピアノのソロ、次いでベースのソロと回ってゆく。ロドニーは、片手にスティック、片手にブラシを持って絶妙のリズムを刻む。リズムセクション同士のおしゃべりが実に厚みをお
びていて、それがまずこのカルテットの魅力だ。ロドニーにドラミングは優美そのもの。大きな体を、自由に傾けて、流麗に思い通りのスティックワークを見せる。彼のステックが空を切るとき描かれる弧があまりにも美しくて、僕は何度も息をのんだ。彼のドラムスが一瞬、ボッサノヴァのリズムを刻んだかと思うと、ソロのパートがスーッと変わってゆく。流れるような構成が見事である。そして満を持してアルト・サックスのソロ。アントニオのアルト・サックスはあくまでも甘く艶っぽい。しかも、どこかに凛とした緊張感を保っていてしていてデカダントに決して堕するところがない。都市の若々しい肢体を連想させるのである。はじめて編成されたカルテットにもかかわらず息もぴったりあっている。さすが、なのだ。この曲、8時2分に始まって、フィニッシュは8時29分。なんと27分もの大曲となった。はじめからものすごいテンションである。
実は、はじまった直後から、右側の袖で、ドラムスの高橋徹さんがニコニコしながら演奏を聴いていた。なんだ、来てるじゃないか!そのうちアルト・サックスの池田篤さんも加わって二人で食い入るように演奏を見つめる。どうやら、彼らにも熱い炎が乗り移ったらしい。もちろん、このままオーディエンスに留まることなど、彼らにはできるはずもなかったのであるが…。
「ただいま!今日は大変お暑い中こんなにたくさんのお客さんに来て頂きましてありがとうございます。メンバーのふたりは昨日ニューヨークから東京に入りました。僕は、先週の金曜日に先に来てたんですけど、みんなまだバリバリの時差ボケで、今朝は五時半から起きてたりしますが、みんなすごく元気です。今日はいろいろなおもしろいことも考えてますので、最後まで楽しんでいってください。」穏やかな関西弁でオーディエンスに語りかける。これが最初にして最後の
日本語によるMC。あとはすべて英語でのスピーチになった。「次の曲は、僕が尊敬するふたりの偉大なミュージシャンに捧げられました。OP=オスカー・ピーターソン、OZ=小曽根真です」
02 OP-OZ
ファーストアルバム“Divine”からの一曲。最初はトリオで出て、すぐにアルト・サックスが加わる。ユーモラスな出だしのフレーズが心を高揚させる。この曲、きわめてジャズを楽しめる構成になっており、ソロパートが実に生き生きと回りはじめる。まずは、健吾さんのベース。健吾さんは、身体をベースに沿わせて踊るように演奏する。そして、ロドニーのドラムス。この曲ではシンバルワークの流麗さが目立った。大きな体を後ろにのけぞらせながら、ドラムスとシンバ
ルとを流れるように構成してゆく様は実に美しい。そして、最後にアントニオの長いソロ。これが、高音から低音まであますところ使った魅惑の超絶技巧。この人も、池田篤さん同様ポーカーフェイスなのだが、実存のすべてを音に表現し尽くすようにしてサックスを吹くのである。スタイリッシュで甘いアルト・サックスの音が会場全体を幸福な雰囲気に満たしてゆくのがわかる。再び、ユーモラスなメインフレーズに戻ってエンディング。8時45分。
「まだ2曲しかやってないのに、もうかれこれ1時間たってしまいました。僕たちいつも遅くなってしまうんですよね。」英語でのMCも、健吾さんの実直な雰囲気が出ていてとてもわかりやすい。英語環境と日本語環境では、性格が異なる人がいるが、健吾さんに限ってそんなことはない。ニューヨークの空気を呼吸している中村健吾が、僕たちの中村健吾なのである。そして彼が英語環境下ですら関西人であることも、また確かなのである。「では、今度は皆さんにボッサノヴァを聞いて頂きたいと思います。(a Boss Nova song for you)曲は『マザーレイク』です。」
03 Mother Lake
重苦しい都市の熱帯夜にふさわしいボッサノヴァが、健吾カルテットからプレゼントされた。アントニオがソプラノ・サックスに持ち替えて、爽やかな夏の風を吹かせる。アルバムでは専らピアノが主旋律を担っているが、ソプラノ・サックスの音も爽やかでセクシーで、だからこそ今夜にふさわしい。ソロがピアノに渡ると、野本さんは不協和音を多用して独自の味付け。彼女がどんどん自由になってゆくのがわかる。再びソプラノ・サックス。そして健吾さんのベース。健吾さんのボッサノヴァも実に美しいのだ。最後にもう一度ソプラノ・サックスへ戻ってフィニッシュ。8時56分である。

04 Where Crisis Speaks
前曲の終了から間髪を入れず、今度はうってかわってアップテンポの曲。セカンドアルバム“say hello to say goodbye”から。アルバムではギターが担った主旋律を、今日はアントニオのアルト・サックスが担う。健吾さんの、緊張感あふれるベースの音に誘われるようにして、アントニオの音が前に飛び出してきた。とにかく、みんな速い、速い。フルスロットルで頂上を目指すのである。サックスから野本さんのピアノがソロを引き取って、トリオでの演奏。健吾さんは汗だくになりながら、ニコニコわらっている。今日の野本さんは、以前にもまして表現力が豊かで、サウンドが厚い。自信に満ちたすばらしいピアノワークである。再びアントニオがサックスで入ってきてカルテット。ロドニーがタンバリンを叩き、健吾さんがベースのボディを叩いて調子をとる。メンバーの息がぴったり合って曲は最高潮をむかえた。終了は9時15分。
「この曲を、ニューヨークにあるシュガーヒルというビストロで演奏しました。とても熱いセッションでしたよ。それでは、ファーストセットの最後に、バラードを聴いて頂きたいと思います。」

05 Hope
この美しいバラードも“say hello to say goodbye”から。アントニオがソプラノ・サックスに持ち替えて主旋律を担う。あくまでもメロディアスに、そして繊細に。ニューヨークの、東京の、そして世界の希望を見いだそうとするコンポーザー中村健吾の祈りが、アントニオの唇と指に乗り移ったかのような美しい演奏であった。「これでファーストセットはお終いです。これから僕たちはほんの短いインターバルを頂きます。だいたい10分くらいです。ほんとにすぐ戻ってきますので、最後まで楽しんでいってください」。こうしてファーストセットは、9時25分に終了した。


Program

セカンドステージ