Japan tour 2002 ライブリポート・東京・Body & Soul 4/30/2002

ライブリポート by mid-west さん

 

セカンドセットの開演前、ティッシュのセッティングに余念のなかった健吾さん である。ティッシュを箱から引き出して、ピアノの中にそっと隠す。やはり黄砂 の影響で悪化したという花粉症が気になるらしい。ファーストセットでは全身を バネのようにくねらせながら演奏し、顔全体から汗が噴き出しているから僕たち には全く気にならないが、御本人としては鼻水が気になるらしい。こういう健吾 さん、けっこう「気にしい」なのだが、そこがまたラブリーなのである。鼻がつ まっているのに、あくまでもパワフルでファンキーな演奏、やはり中村健吾はた だものではない。 セカンドセットの開始は午後10時40分。オーディエンスの拍手と歓声とに迎えら れ健吾さんは、もう凛々しかった。高橋さんはスーツの下をTシャツに着替えて 微笑んでいる。アッちゃんも・・・(そう呼びたくなるシャイな笑顔)、野本さ んも・・・もちろん静かにスマイル。すごくいい感じである。再び演奏がはじ まった。

07 Field of Dreams
「昔々、黒いランドセルを背負っていた小学生の男がいました。こっちには女の 子が赤いランドセルを背負ってて、そのふたりがいつか大人になって恋をす る。」健吾さんの子ども時代へのオマージュ。ファーストセットで演奏された “Serenade”と対になっている美しいバラードである。アルトサックスが主旋律 を担い、誰もが通ってきた子ども時代の記憶を喚起する。ピアノの野本さんが、 旋律を歌いながらプレイしている。頑張れ白雪姫!そのピアノの甘美な和音に促 されて、ドラムスとベースがチャットをはじめるという趣向。固さのみじんもな い、お互いを信頼して相手に絡んでゆくジャズコンボの楽しみが、横溢してい る。

08 Walkin’ Together
「去年の3月27日、このBODY&SOULが、小曽根さんとデュオでやった“Divine”ツ アーの最終日だったんですね。もう酸素ボンベがいるくらいスゴくて、おまけに サードセットまであって・・・とにかく大変やったんですが、次の日もうニュー ヨークに帰ることになってたんですね。小曽根さんと一緒に、成田から帰りの飛 行機に乗って、あっビジネスクラスだったんですけど(笑)、小曽根さんが隣の 席の僕に向かって『健吾、ようやった!』。その時、ツアーを終えたという達成 感で胸が一杯になって、小曽根さんの胸を借りてワッーと泣いてしまったんです よ。すごく濃い男二人が飛行機の中でそんなことになってしまって・・・回りの 人もどうしたらええかわからんかったと思うんですけど(笑)。次の曲はそのあ とすぐに、ニューヨークで書いた曲です」。会場全体が笑いながら泣いている。 感動がひろがる。まさにここは、その聖地BODY&SOULなのだから。こんな素敵な 告白をしたあとの演奏がすばらしくないわけがない。アップテンポでジャジーな この曲を、健吾さんは全身を使って演奏する。二曲目で、はやくも歌い始める健 吾さん。顔はもう汗だくである。サックス→ピアノ→ドラムスとローテーショ ン。セカンドセットははじめから熱い。

09 Say Hello to Say Goodbye
ここで道下さん登場。以後、アンコールまでクインテット。アルバムのタイトル となったこの曲は、道下さんのロマンチックなギターのソロから入る美しい曲で ある。人が、理想に妥協できずに自ら傷ついてゆく様を象徴したAパートと、そ の先に見える光、つまり癒しを象徴したBパートの織りなす美しい曲。健吾さん のコンポーザとしての想いが最も端的に表現された曲かもしれない。道下さんの ギターのソロのパートでは、メンバー全員が彼のギターに聞き惚れていた。その 光景がまたオーディエンスの感動を呼ぶ。ギター→ピアノ→ベースとまわって美 しいエンディング。

10 Where Crisis Speaks
11 Hope
「もう知ってる方も多いと思うんですけど、去年の9月11日、ワールド・トレー ド・センターでテロがあった日、僕はニューヨークにいました。ここにいる池田 さんなんか、すぐに『大丈夫か?』とメールくれた人のひとりなんですけ ど・・・。そのあと、アメリカは戦争を始めて・・・もちろんニューヨークの 人々の多くは戦争に反対なんですけど、指導者が戦争を始めてしまった。でも、 いつか本当の平和が来るように・・・戦争のない世界が来るようにとの祈りを込 めて、次の二曲を続けておおくりします」。ドラムスとギターの繊細な掛け合い が不安感をかきたてるアップテンポな“Where Crisis Speaks”は、アルトサッ クスの加入で一気にスタイリッシュで都会的になる。21世紀のメトロポリスの不 安と憂愁が、まさに加速度的に暴かれてゆく批評的な曲。なんといってもサック スの池田さんのソロが光る。続く“Hope”は、池田さんがソプラノサックスに持 ち替えての美しいバラード。ドラムスとベースの、おしゃべりのような掛け合い が美しい。旋律が実にロマンチックである。アルバムではベースのソロだから、 バンドバージョンの演奏はライブでしか聴けない。実に贅沢な経験である。

12 Brother Nutman
前曲のラストノートの残響が消え去らないうちに、まるで音が消えてゆくことに 抗うかのように、健吾さんのベースが力強く奏でられ始める。「バラードもワル ツもボッサノーヴァも愛している。そうした楽曲がオーディエンスの心の奥底に 届くことも知っている。実際今夜も、オーディエンスとともにその美しさに涙し た。でも最後の一曲だけは、ベーシストとしての私がそこへ行けと命ずる。その 曲を演奏したいと胸が高鳴る。指が勝手にベースを奏で始めてしまうの だ・・・。」今、健吾さんはそのような想いにとらわれているように見える。 オーディエンスの僕にはそう思える。今健吾さんの上に、彼を突き動かす大きな 何かが降りて来ているのだ。セカンドセットの最終曲“Brother Nutman”を聴い て僕はそう確信した。ブルージーなベースの低音に引っ張りこまれるようにし て、道下さんのギターが残響をゴヮーン・ゴヮーンと効果的に用いながらスタイ リッシュに絡む。メンバー全員が道下さんの演奏を喜んでいる。いつもはポー カーフェイスの池田さんが、ニコニコしながらついに挑発に乗ってきた。この曲 のアルトサックスのソロは、誰にも負けるものかと超絶技巧。ソロのパートを終 わった後、眼鏡をはずして汗を拭う池田さんの姿を、僕はじめて見た。ピアノの 野本さん、あの端正なプレイをする彼女が首を伸ばして歌っている。ベースに 戻ってくるや健吾さんがオーディエンスに拍手を要求。自分自身は弓を縦横に自 在に動かす。この曲は際限なく華やいでゆくのだ。そして、高橋さんの渾身のド ラムス。あまりにも正確なスティックワークとファンキーなリズム感。健吾さん と息もぴったりである。そろそろ終わるかなと思ったら、なんとサックス→ギ ター→ベースを二回。終わらない今夜の演奏に、僕たちオーディエンスも熱狂の 渦に巻き込まれてゆく。軽く十数分を越える凄まじいセッション。最後は健吾さ んのベースでファンキーにしてブルージーなエンディング。でも、この曲がどん な風に終わったのかなんて、僕は正確には覚えていない。だって、今でも身体の 中をメロディとリズムが動き回っているのだから。タッタラッタ・タタラタタ・ タッターラッタ!ほらね。健吾さんたちにもらったパワーを、数日たった今も僕 たちは反芻し続けている。なんてやつらだ、君たちは! 気がついたら、僕は必 死で拍手をしていた。楽しいのに涙が出てくるじゃないか!

13 Isn’t She Lovely
アンコールは、スティービ・ワンダーの大ヒット曲。楽しい。この曲の途中で日 付が変わる。でもだれも帰らない。帰れない。サックス→ギター→ベースとソロ が回る。そう、どう表現すればいいのか・・・ともかく豪華絢爛なのである。突 然、池田さんがパッとしゃがんでマイクを取り、健吾さんの口元へ持ってゆく。 それを健吾さんが受け取るやいなや、いや実は恥ずかしそうに、スキャットで歌 いはじめた。会場は爆笑の渦に・・・。ゲストの伊藤君子さんもニコニコ聴いて いる。聴けば、これは大阪ミスターケリーズでのハプニングの再現らしい。池田 さんがメンバー紹介のためのマイクを健吾さんに渡したら、健吾さんなにを思っ たか歌い始めたらしい・・・。実に健吾さんらしいキュートなエピソード。照れ ながらその場面を再現するのも、健吾さん自身がこのライブを心から楽しんでい るからこそだろう。ライブの終了は、午前0時10分。すさまじい一時間半であっ た。

こうして南青山BODY & SOULでのライブは終わった。まさに、中村健吾カルテッ ト渾身の、エレガントにして壮絶なライブなのであった。 一年前、僕は中村健吾というベーシストに初めてであった。彼のファーストアル バム“DIVINE”のツアー初日、六本木のAlfieでのことである。そして、そのツ アーの最終日のライブを、ここBODY & SOULで聴いた。しかしその時は、残念な ことに、小曽根真とのデュオツアーの一か月が、どれほど豊かな果実を中村健吾 にもたらしたのか、まだ十分に理解できていなかったように思う。なにしろ僕と きたら、Alfieでのライブがジャズセッション初体験という具合で、自分流の ジャズの聴き方、楽しみ方を何も知らなかったからだ。だが、しかし、である。 あのはじめての夜、神は、小曽根真とだけではなく、中村健吾をも僕に引き合わ せくれていたのである。出会いを必然化するためには、時としてそうとうな時間 と努力を必用とするものだが、あれから一年の時を経て、今度こそ僕は中村健吾 に出会ったと言わせていただきたい。2002年4月1日の横浜DOLPHYにはじまり、30 日のBODY & SOUL に終わる一か月を、僕は中村健吾カルテットと共に過ごした。 ライブを聴いたのは、象徴的に月初と月末だったのだが、この一月というもの、 毎夜彼らがどこでライブをしているか気になってしかたがなかった。横浜での演 奏の記憶を反芻し、二枚の中村のリーダーアルバムを何度も何度も聞いた。そし て、また高鳴る思い押さえながら彼らに会いに行ったのである。期待は大きく裏 切られた。もちろん、良い方向に、である。ひとつひとつの楽曲へのコメントに も書いたが、この一月の中村健吾カルテットの変貌と進化は、想像を絶するもの であり、30日のセッションは、中村健吾のミュージシャンとしての意図や構想を 具現化し、肉体化し、実にみごとな音楽的成果をあげていたと思う。おそらく、 このツアーのセッションの中で、何度もスクラップ&ビルドを繰り返し、無数の 挑戦と失敗を経験した上での成熟に違いないが、東京に帰ってきた中村健吾は、 ものすごくタフで大きくなっていたと思う。今や彼が無口なベーシストとである というイメージは全くない。音楽的に、そして人間的に、彼が豊かなボキャブラ リーを持つ人間であることを確信するからである。この涙もろい、浪速出身の ファンキーなベーシストは、このジャパンツアーで得た自信を丸抱えにして、本 拠地ニューヨークへ帰っていった。おそらく日本を飛び立った飛行機の中で、中 村健吾はひとり涙していたのではなかったか。バンドのメンバーへの愛と感謝、 ツアー中に出会ったオーディエンスやスタッフへの思い、そして小曽根真への限 りないレスペクト。しかし、今、彼にはもう泣くために借りる小曽根真の胸はな い。その事実をかみしめながら、J.F.Kに降り立つ中村健吾の自信に満ちて引き 締まった顔を、僕は心から見てみたいと思う。しかし、それは妻kiyokoさんにだ け許された特権であろう。ファンである僕たちは、中村健吾の次のリーダーアル バムを、アメリカでのさまざまなミュージシャンたちとのセッションの評判を、 そして中村健吾カルテットのリユニオンを、心から期待するばかりである。幸 い、2002年8月3日、北海道で行われる「くっちゃんジャズフェスティバル」に は、中村健吾カルテットがブッキングされている。またすぐに愛すべき彼らに再 会できるのである。

ライブ終了後、ドラムスの高橋徹さんと少しお話しをした。今回のツアーは移動 が多く、実に過酷なものだったそうである。彼自身、北海道で財布や免許証をな くすというアクシデントにも遭遇している。しかし、彼は本当に中村健吾カル テットをエンジョイしていた。この一月での「フォーバス知事の寓話」の変貌に ついて「“DOLPHY”とは全然違うものになってたでしょう!」と嬉しそうに話す この生真面目でファンキーなドラマーも、中村健吾と同じ方向に顔を向けて一気 にツアーを駆け抜けた。それにしても、ピアノの野本晴美さんといい、サックス の池田篤さんといい、本当に素敵なメンバーであった。オーディエンスとして心 から感謝と賞賛の言葉を捧げたい。

今、僕は小曽根さんの言葉を思い出している。今年3月の山形ライブからの帰途 の新幹線の中で聴いた言葉である。「ほんまにこのメンバーで、一月くらいツ アーやったら、どんなに曲がすばらしいものになるやろうかと思うねん。絶対も のすごいことになる。考えただけでわくわくするわ。いつかこのメンバーでツ アーに行きたいなあ」。これは「セクステットのための組曲」の奏者たちのため に捧げられた言葉。僕はこのごろジャズミュージシャンの生理ということをずっ と考えている。レスペクトできるメンバーとの一月のツアーがどんなに豊かな音 楽的果実を結ぶか、当たり前のことではあるが、小曽根さんはよく知っているの である。僕は、その言葉の具現を、中村健吾カルテットによって目の当たりにす ることが出来た。本当に幸せな経験であった。小曽根真の言葉が、中村健吾に よって実現される。これも、小曽根さんと健吾さんならではの見事なデュオに違 いない、と僕は思う。 ジャズは本当にすばらしい。ジャズミュージシャンのツアーは、人生そのもの だ。中村健吾さん、野本晴美さん、高橋徹さん、池田篤さん、そして道下和彦さ ん、本当にありがとう!僕は、この2002年4月のことを忘れない。あなたたちと の記憶を大切にします。再会できることを心から楽しみにしています。だから、 お願い。きっとまた、このメンバーでツアーしてくださいね。心から愛してる でぇ!



ファーストステージ