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中村健吾カルテットが、ついに東京に帰ってきた。昨年の12月4日、赤坂B♭で
のライブ以来、メトロポリスのオーディエンスたちは、どれほどこの日を待ち
こがれていたことだろう。中村のセカンド・アルバム“Say Hello to Say Goodbye”のリリースを記念して行われているジャパン・ツアーもいよいよ今夜
が20回目のステージ。翌日の静岡冨士のライブでツアーを打ち上げるその前日
の、完熟直前の果実を私たちは味わうことになる。その贅沢な予感に胸が高鳴る
のである。
2002年4月30日、南青山の“BODY & SOUL”には、午後7時を過ぎるころから、予
約の客たちが次々に集まりはじめていた。すでに数週間前、ソルドアウトが宣言
されていた今夜のライブだが、開演前には立ち見を覚悟で列を作る人々もいる。
外は冷たい春の雨がそぼ降っているとゆうのに・・・だ。みんなここに中村健吾
カルテットの現在(いま)を聴きにきている。やっとすべての客が店内に入り、
ドアがクローズされたのが午後8時40分。予想通り数人の客が入り口付近に立っ
ている。その中には、4月1日の横浜“DOLPHY”でのライブに来ていた学生ベーシ
ストの二人組の顔も見える。今夜BODY &SOULでライブがあると聞いて、もういて
もたってもいられないという想いを共有している仲間だ。もちろん、小曽根
フォーラムの仲間は総勢20名にもなろうか。ピアノ後ろのCHOOTさんから、ドラ
ム後ろのCherryさんまで、ステージの囲むようにグルッと。
満員の会場、大喝采の中、健吾さんが登場した。今日の健吾さんは、グレーのダ
ブルのジャケットに黒のパンツ、黒のシャツにグレーとチェックのネクタイとい
う大人っぽい出で立ち。顔には例の満面の笑みである。「こんばんは!僕たち
は、おととい九州から帰ってきまして、まだ黄砂の影響が残ってるみたいなんで
すね。こんな、セクシーボイスでごめんなさい。今日は、ギター少年も連れてき
ましたので、どうぞ最後まで楽しんでいってください」。自称花粉症による鼻づ
まりを気にしつつも、今夜のスペシャルゲスト、ギターの道下和彦さんのことを
紹介。そうだ、今日はギターが加わった特別なセッションになるはずなのだっ
た。
01 Divine
まずは野本晴美さんのピアノとのデュオで。野本さんは、黒いシャツとパンツ。
白雪姫はこの一月で大人になったのかもしれない。あいかわらず美しい伏し目が
ちの姿は見ているだけで心が洗われるが、奏でられる音のひとつひとつは確実に
進化している。独自のボキャブラリーを巧みに織り込んだピアノは秀逸。少しだ
け遊びを覚えた白雪姫なのである。それにしても、この曲はどうしてこんなにも
美しいのか。僕は冒頭の旋律を聞いただけで、不覚にも熱いものがこみあげてき
て、目の前の健吾さんの姿が見えなくなってしまった。
02 Suger Hill
ここで、ギターの道下和彦さん、ドラムスの高橋徹さん、そしてサックスの池田
篤さんが登場、クインテットとなる。道下さんは、茶色のトレーナーに同系色の
ベスト。高橋さんはスーツの下に青色のアロハ風シャツの上から、ペンダントを
ぶらさげている。ちょっと不良っぽくてカッコいい。そして、池田さんは、三つ
ボタンのスーツをきっちり。メンバーが思い思いのスタイルで登場して、セク
シーである。ベースのつま弾きからシンバルが加わり、そしてギターの主旋律が
聞こえてくる。道下さんのエレクトリック・ギターはあくまでもアダルトでスタ
イリッシュ。カルテットのメンバーもギターが入って本当にうれしそう。サック
スの池田さんが、にこにこしながら道下さんのギターに聞き入っている姿がまた
楽しい。池田さん、普段はポーカーフェイスなのである。この曲は、楽器同士の
チャットが楽しい。ベースとドラムスのおしゃべり、ドラムスにインスパイアさ
れたベース、サックスとギターの対話が続く。とにかくジャズの楽しみに満ちた
二曲目。さあ、楽しくなってきたぞ!
03 Serenade
ギター少年道下さんがメインになるこの曲は、コンポーザー中村健吾のスピリッ
トがいっぱい詰め込まれたバラード。ギターソロのバースから入るというすてき
なアレンジ。道下さんの手元には、健吾さんがNYで投函したと思われる楽譜があ
る。しかし、とても自由でなめらかな演奏。リズムセクションは、ライトボッサ
らしくブラシでサッサ。これが実に気持ちよいのだ。ギター、ピアノ、ベースと
ソロパートが回って、CDでは最後にピアノが主旋律を担おうとするところで、
今日はアルトサックスが入る。池田さんもあくまでもロマンチックに・・・。メ
ンバーの笑顔が、オーディエンスにも伝染してきた。甘美さに包まれたこの曲が
終わって、道下さんが退出。ここからは、セット終了までカルテットとなる。
04 Fables of Faubus
曲名を告げることなく、次の曲へ。まず、健吾さんのアップテンポなベースのソ
ロ、そしてそれに高橋さんのドラムスが強烈に絡んでくる。フリースタイルの
ジャズを思わせる挑戦的な掛け合い。高橋さんはスティックを捨ててドラムスを
手で叩くという手法で、パーカッションのネイティヴな性質を強烈にアピール。
聴き手のわれわれは、ベースとドラムスの低音で魂を揺すぶられつつ、とてつも
ない説得力で彼ら独特の世界に誘われる。実はこれが、少し長いこの曲のバー
ス。さあ、行くぜ!と始まったサックスの主旋律を聴いて僕は驚愕した。チャー
ルズ・ミンガスの名曲「フォーバス知事の寓話」ではないか!アルバムでの録音
はおろか、4月1日でのライブとも全く異なる演奏である。おそらくスピードは、
はじめから倍近いアップテンポ。ご存じのようにこの曲は、途中でベースがさら
に走り出す工夫がなされた、リズムの変調するブルージーな曲なのだが、健吾さ
んは二倍の速度で走り出し、途中変調して四倍の速度で全力疾走を見せる。目に
とまらぬほどの、指使いでカルテットをぐんぐんひっぱるのだ。その思いに呼応
するように、高橋さんはサンバのリズムをフィーチャーして一歩も退かず。もち
ろん池田さんのサックスは絶好調だし、野本さんも奔放なピアノを自由に遊ばせ
る。いつのまにか、高橋さんはジャケットを脱ぎ、アロハ姿になっていた。眉間
に皺をよせながら、しかし気持ち良さそうに演奏する彼の姿はセクシーである。
野本さんのピアノがソロをひきとって、健吾さんは眼鏡をはずして顔をぬぐう。
汗が頬を伝うのは道理。もう、聴き手も一体となって会場全体がフルスロットル
なのである。もう一度、健吾さんがソロを。今度はボーイング、そして素早くつ
ま弾く。ベースの魅力を最大限にアピールしながら、再びドラムスとの対話へ持
ち込んでゆく。ジャズの魅力全開。恐るべきスピード感の緊張感がラストノート
まで維持されてフィニッシュの時を迎えた。とにかく、ものすいごい演奏だっ
た。僕は、腰が抜けた。この一か月の、健吾カルテットの一つの成熟と達成が、
すべて凝縮されたこの一曲であった。ほんとうに、ジャズのミュージシャンは恐
ろしい。目が離せない。でもだからこそ、僕たちは、性懲りもなく何度も何度も
ライブに足を運ぶのである。僕は、2002年の4月を、この愛すべきカルテットと
過ごせたことを神に感謝する。健吾さんはといえば、流れ出る鼻汁をティッシュ
でしきりにぬぐっていたのではあるが・・・。
05 For Friends
ハアハア息をはずませながら、健吾さんが小曽根さんとの出会いの喜びを語る。
それに続いて次の言葉。「このあいだ、4月21日に、横浜のmotion blueという新
しいライブハウスで小曽根真さんのソロのライブがあって、僕も聴きに行ってき
たんですが、そのセカンドセットで小曽根さんがこの曲を演奏してくれまし
た。出だしの旋律を聴いたとたん、バーッと涙が流れてきて・・・・。その曲
For Friends を聴いてください」。ほぼ一週間前、中村健吾ために小曽根真が演
奏したピアノをその場で聞いた私にとっては、その小曽根の愛に応えるかのよう
な今夜の演奏はたまらない。目の前の健吾さんの指使いこそが愛の表現。その指
使いを野本さんが遠目で見ながらピアノを共振させる。メンバーは健吾さんの気
持ちを理解して、丁寧にメロディアスに曲を演奏してゆくさまはなんとも美し
い。健吾さんは、途中でメロディを歌い出す。その歌が、NYの小曽根さんのもと
にも届きますように・・・。甘美でセンチメンタルなワルツに、BODY & SOUL全
体が酔いしれた。
06 Oko-Yik
ファーストセットの最終曲は、言わずとしれたNYで健吾さんの帰りを待ちわびて
いるであろう妻kiyokoさんの名前を冠したアップテンポでジャジーなこの曲。曲
名を告げる健吾さんのシャイな表情がキュート。ほんとうにかわいいのである。
この曲の詳細について書きたいのだが、実はメモが残っていない。凄まじい演奏
にのめり込んでしまって、メモが書けなかったのである。健吾さんのベースの
リードで始まるNYテイストのチューンで、池田さんのアルトサックスがうなる。
野本さんらしい味付けがなされたピアノがその挑発に乗る。そして、端正にして
華やかな高橋さんのドラムスが渋く全体を引き締めつつ、健吾さんのベースが全
体をまとめる。今やアイコンタクトが実になめらかになったこのカルテットの、
すばらしい演奏であった。 4月1日のレポートで、僕は演奏される曲目の構成の妙についてふれた。そこで
は、中村健吾の持つ音楽的な引き出しを綴れ織りのように聞かせてくれる、見事
な構成について賞賛したつもりであった。しかし、今回のライブは、この構成が
誰かによって仕組まれたものだということが感じられないほど、自然な一体感の
中にあったということを報告しなければならない。中村健吾カルテットは、ツ
アーの20回のセッションを通じて、メンバー固有のさまざまなボキャブラリーを
混ぜ合わせ、再構築し、一つ一つの楽曲に魂を吹き込んできた。その中で、For
Friends というメロディアスな曲からビート感あふれるOko-Yik へのナチュラ
ルな接続が、いわばジャズミュージシャンの生理の帰結として必然的に行われて
いるように感じられたのだ。美しいメロディアスな曲のあとは、ファンキーにブ
ルージーな曲を演奏したくなってウズウズ血が騒ぐ感じ。そうしたミュージシャ
ンの生理を、オーディエンスに納得させ、演奏の中で共振させてゆくことは、も
ちろんテクニックだけの問題ではない。今夜のライブで彼らにそれができたとい
うことは、つまり、中村健吾カルテットが、ジャズの、音楽のソウルに直に触れ
ているということに他ならないのだ。
ファーストセットは80分で6曲。MCはほとんどなかったから、一曲一曲がいかに
長いプレイであるかわかる。プレイヤーもオーディエンスも、みんな心からジャ
ズを楽しんでいるのだ。
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