Japan tour 2002 ライブリポート・久留米・ルーレット 4/18/2002

ライブリポート 新納裕憲氏

中村健吾カルテット/Live!
 
  通路まで椅子を並べた満員の店内、赤いネクタイに黒っぽいスーツ姿の中村健吾、
清楚な野本晴美、これも黒いスーツの高橋徹の3人が登場する。1曲目はピアノ・トリ
オで“ウォーキン・トゥゲザー”、ピアノが奏でる親しみやすいテーマ、骨太のベー
ス・サウンドがルーレットに響きわたる・・・。
 2000年10月、代々木オリエンタルムーン。「せっかく上京したんだからライブを聴
いておこう。」と、友人が推薦するアルト・サックスの池田篤を聴きに行った。アル
ト・サックスとベースのデュオ、ベース・アンプなしPAもなし、マイク1本だけのシ
ンプルな音響セッティングだが、ウッド・ベースを弾くメガネをかけたちょっと太め
の若者が出す強烈なサウンドに驚いた。こりゃ何者?隣に座っている友人に「あのベー
ス誰?」「たしか中村健吾とかいう名前じゃない。」
 月に1〜2度はライブを聴いているが、これほどのベーシストはあまり記憶にない。
パワフルでキレのいいサウンド、斬新なフレーズは、ベース・アンプを使いふにゃふ
にゃのサウンドを聴かせる昨今のベーシストとは大違いである。曲の中に引きずり込
まれていく自分がよく分かり、アコースティック楽器を知り尽くしているものにしか
出来ない表現がそこにあった。鮮烈な印象はその後も頭の片隅に残り続けた・・・・。
 2002年1月30日、阿佐ヶ谷スターダスト。雑誌社との打ち合わせのための上京だっ
たが、夜はライブに限る、池田篤のワン・アンド・オンリーのステージだ。アルト・
サックスの2m前くらいのところで、“ストレート・ノー・チェイサー”を聴きながら
「いいね〜、やっぱりジャズはストレート・アヘッドじゃなくちゃあ!」とか、“オー
タム・イン・ニューヨーク”に「スタンダード・ナンバーのバラードでも、演奏によっ
て今風になるもんだ。」とか勝手に感じ入っていた。
 ファースト・ステージが終わって、ミュージシャンもお客さんも好きなことを言える時間。
新納:「ところで、九州でライブやることはないんですか?」
池田:「4月に予定が入っています。」
新納:「メンバーは?」
池田:「中村健吾がリーダーのカルテットです。」
新納:「何処でやるんですか?聴きに行きます。」
池田:「ニュー・コンボ(博多)、ビッグ・バンド(小倉)、ジャニス(熊本)です
が、4月28日がまだ決まっていないようです。」
 「中村健吾のライブがまた聴ける。でも決まっていな日があるのなら、私のホーム
グラウンドのルーレットでやってくれないかな。」との思いがよぎった。そのとき、
ジュンコママが「篤さん、ニューヨークから電話ですよ。」そして私に「健吾さんか
らですよ。」と耳打ちをした。とっさに「後で電話代わって下さい!」
新納:「4月28日はまだ決まっていないと聞きましたが、久留米のルーレットは如何
ですか?」
中村:「ルーレットも声はかけているんですが、返事もらっていないんです。」
新納:「分かりました。私でルーレットと話が出来るかもしれません。何日までに決
める必要がありますか?」
中村:「明日です!」
新納:「明日まで東京にいますので、2〜3日時間もらえますか?」
中村:「分かりました、お願いします。」
 彼は今回のライブ日程を組むのにマネージャーに頼らずインターネットで呼びかけ
たそうである・・・・。
 2月1日、朝一番の飛行機で帰福、そして久留米ルーレットへ直行。ルーレットは老
舗のジャズ喫茶、今は2代目マスターの姫野隆夫さんが経営している。ライブ・スケ
ジュールも、日本・ジャズメンのトップクラスやニューヨーク・ジャズメンでびっし
り詰まっている。
姫野:「こんなに早い時間どうしたんですか?」
新納:「実はお願いがありまして、4月28日ベースの中村健吾を入れて欲しいんです
けど。」
姫野:「そういえば、やらしてもらえないかと言ってきたことがありましたね。」
新納:「お宅のスケジュールが詰まっているのは分かっているんですが、何とかお願
いできないでしょうか?彼、私の中では日本でトップ、ニューヨークでもトップクラ
スなんです。」
姫野:「新納さんがそういうんだったらいいですよ。」
 断られるかもしれないという不安もあったが、一発でOK、マスターは太っ腹である。
OK頂いたからには責任重大、観客動員が問題である。その後の話の中で、チラシを作 ることと宣伝を買って出た。
 後日、彼が昨年のスイングジャーナル人気投票一位だったこと、2月下旬には2枚目
のCD“セイ・ハロー・トゥ・グッバイ”を出したこと、ジャズ・ライフ、スイングジ
ャーナル、ジャズ批評と立て続けに記事が掲載されたことなどを知ることとなる。も
う一つ、九州では殆ど無名であることも・・・・。
 4月28日ルーレット。ベース・アンプ、PAを一切使わず、グローブのような手でぶ
るんぶるん弦をかき回す中村健吾のベース・ソロで始まったセロニアス・モンクの名
曲“ハッケンサック”。池田篤が加わったカルテット演奏、彼も勿論日本のトップク
ラス、アルト・サックスの聴かせどこでもある。
 曲毎に中村健吾のナレーションがあり、オリジナル曲では作曲のエピソードが披露
される。昨年9月のニューヨーク・ワールド・トレード・センターのテロ事件に遭遇
し、ニューヨーク中からジャズだけでなく音楽そのものが無くなり、ベースを弾くこ
とも出来ない時期があったこと。そしてジュリアーニ市長の呼びかけでみんなが立ち
上がり再び活気が戻ったこと。日本にいる誰もがとても想像出来ないような環境を経
験し、そして出来上がった曲“ホープ”、池田篤のソプラノ・サックスが奏でる優し
いメロディー、中村健吾の音楽性“平和への願い”“愛”が聴く者の心に深い感動を
与える。
 ギター弾きの少年の恋を描いた“フィールド・オブ・ドリーム”、童話の世界だ。
チャーリー・ミンガスの“フォーバス知事の寓話”では、目まぐるしく変化するリ
ズム、躍動感、ベース・ソロに "Things ain't what they used to be" のフレーズ
が出てきたときは「曲が変わったのかな?」と「ミンガスがまだ生きていたらこんな
演奏になったのかな、いやそれ以上かな?」と感じさせるような、パワフルで無限の
可能性を秘めたプレイが展開される。
 一昨年と比較すると、中村健吾のプレイには数段の進化が見られる。ベースでこれ
だけ自分を表現出来るミュージシャンも少ないのではないだろうか。

 振り返ると立ち見のお客さんもいるではないか、ミュージシャンも観客も盛り上がっ
てきてた。
 「自分自身がどうしようもなく落ち込んだとき、過去の自分を慰め新しい自分を勇
気づけてくれる」そんなイメージで作った“セイ・ハロー・トゥー・セイ・グッバイ”
。優しく優雅なテーマ、フレッシュな感覚のピアノ、ベースのソロ、結成して半年に
しかならないというが、グループの息もピッタリである。
 “アイ・シュッド・ケア”“サムタイムズ・アイ・フィール・ライク・ア・マザー
レス・チャイルド”“ウェア・クライシス・スピークス”など、次々と演奏されてい
くなか、気がつくと曲間のナレーションがなくなってる。演奏に没頭しナレーション
どころではないのだろう。腰のあるジャズ、黒いフィーリングが空間を支配している。
 お客さんもはじめは演奏に圧倒されていたものの、終盤になるにつれ“イエー!”
“最高!”と興奮しながのらやんやの喝采、口笛、拍手、ミュージシャンとお客さん
が一体となったコンサートが展開されていった。
 中村健吾と池田篤、それに野本晴美のユニークかつパワフルなフレーズ、高橋徹の
ダイナミックながら堅実なバッキング、4人の音楽性が見事に溶け合って、新しいス
トレート・アヘッド・ジャズの息吹をも感じさせる。
 ジャズが市民権を失って久しい。「時代は21世紀、新しい波が起こってもいい頃で
はないだろうか。これまでジャズの新しい波はいつもアメリカから起こってきた。し
かし、ヨーロッパからでも日本からでも起こる可能性は大きい。ひょっとしたらこの
若者達がその新しい波を!」そんな予感を抱かせながら、久留米の夜は燃えていた。

(本文の一部は、ジャズ批評112号に掲載されたものと同じです。)