2003 Winter Bb @ 赤坂・東京 2/7/2003

ライブリポート by mid-west さん

中村健吾(b)〜後藤浩二(p)Duo Special Guest 伊藤君子(vo)
2003年2月7日(土) 赤坂B♭

Second Set
01 Brother Nutman
02 Hope
03 Time After Time
04 MI・YO・TA
05 My Funny Valentine
06 Just in Time
07 Everything Has Changed
Encore My Foolish Heart

セカンドセットは、9時27分に始まった。ステージに、健吾さんと後藤さん
が登場。「まずは僕のオリジナル聴いて下さい。タイトルはなんでしょうか??
なんでその曲をやるかというと、このB♭の壁にたくさんのアメリカ人のミュー
ジシャンがサインを残してますけど、その中にこの名を見つけました。」と指を
指す。オーディエンスが「見えへん?」(ちなみに、このライブの共通語は大阪
弁である…)と応じると、健吾さん「見えへんね!ナットマン!そのサイラス・
チェスナットさんに捧げた書いた曲です。『Brother Nutman』おおくりしま
す」。ピアノのイントロがはじまると、健吾さんがオーディエンスにクラッピン
グを求める。拍手がわき起こると、健吾さんは親指でOKサイン。さあ、いく
ぞ。健吾さんのベースが主旋律を奏で始める。後藤さんのピアノソロになると、
健吾さんはピチカットにスラッピングを混ぜて、このブルージーでかつファン
キーな曲を盛り上げる。それに反応して、まあ後藤さんのインプロヴィゼーショ
ンのすごいこと。正直息がとまりそうだった。鍵盤を隅から隅まで広くつかって
低音域からグルーブ感を増しつつ、高音域を果敢に攻めてくる。そして、高音域
で闊達に遊ぶのである。そして、どんな小さな修飾音も聞こえてくるキースト
ロークの正確さ。音符のおたまじゃくしが、常に上に向かって泳いでいるような
美しい音なのである。このピアニストただ者ではありえない。それに、負けじと
健吾さんのインプロヴィゼーション。全身をバネのように使って低音域から高音
域の間を往還する。ベース独特の間の取り方と息づかいが聞こえてくる。僕たち
は、こういう健吾さんの演奏が聴きたかったんだ、そう思わせるすばらしい掛け
合いとなった。二度目のトライでは、健吾さん名物可変スピード。健吾さんのは
やいピチカットに後藤さんの早引きのピアノが絡む。これもすごい。エンディン
グのあと歓声が沸き上がった。「オン・ドラムス、みなさん!ありがとうござい
ます。オン・ピアノ後藤浩二。トリオ!」健吾さんは、クラッピングで演奏に参
加のオーディエンスをドラムスとして紹介、みんなでトリオだと言ってくれたの
だった。優しくてハートフルな健吾さんの心遣いにただただ感謝。

「ミュージシャンは音楽で何かを人々に伝えなければならないと、僕の大好きな
小曽根真さんがいつも僕に言ってくれる言葉なんですが、僕もいつも音楽で何を
表現しどんな風に伝えるか考えています。実は僕のすごく近しい人が、今北朝鮮
との交渉の最前線で頑張っています。僕はニューヨークでテレビを見て、ああお
じさんが、どんな大変なことを、日本を代表してやっているのかと思って、僕は
彼のことをすごく尊敬している(proud of him )んです。僕らが北朝鮮のこと
を理解して、なんとか仲良くできないかと思ったりしているんですが、僕は音楽
で常に平和のメッセージをなげかけていたいと思っています。僕自身はニュース
を見るたびに、自分はどうしたらいいんだろうと問いかけていますが、やはり小
さいことを広げてゆくしかないだろうと思っています。いま世界はどうなるか予
断をゆるさない情勢ですが、なんとか多くの人が死なないで生き延びてほしいと
思っています。次の曲は、いつも演奏してるものなんですが、どうしても後藤君
にやって欲しいと思って選びました。聴いてください」。恐らくこの夜一番長い
健吾さんのMCであった。ファーストセットとセカンドセットを通じて貫かれる
中村健吾のスピリチュアルなものが、今明らかに語られたのである。しかし、言
葉よりも雄弁に音楽が語り出す。二曲目は『Hope』。後藤さんの非常に美しいピ
アノが、ゆったりとした速度で主旋律を奏でる。アルバムではベースのソロで、
ライブではソプラノサックスで奏でられたこの美しいメロディを、今夜はピアノ
で聴くことができる。それも、とびっきり甘美でリリカルな演奏で…。後藤さん
の、もうひとつの側面が引き出される。それにしても、改めて健吾さんのコン
ポーザーとしての才能に驚かざるをえない。あまりにも美しい旋律は、僕たちの
涙腺を全開にする。この曲では後藤さんのソロを、健吾さんは慈しむように支
え、途中、健吾さんのベースが主旋律を担ったときには、後藤さんがそこはかと
ないバッキングで応える。再びピアノがメインにもどって静かなエンディング。
この曲もまたすばらしい演奏であった。

さて、二度目の歌姫の登場を僕はどう書けばいいのだろう。本当にすばらしかっ
たあの夜のライブであるが、ペコさんの存在感の重さは、あらかじめ健吾さんも
後藤さんも、そしてわれわれオーディエンスもみんなわかっていたはずだった。
しかし、健吾さんや後藤さんがそうであったように、ペコさんも予想を大きく裏
切って、素晴らしかった。今思い出しても震えがくるほど、素晴らしかった。
登場は『Time After Time』のイントロに乗って…。このジャズの化身は絶妙な
スイング感で歌い始める。こうしたスタンダードの歌う安定感には定評があるペ
コさんだが、しかし、これがはじめてのように新鮮に全身全霊で歌うから人々の
胸を打つのだ。ジャズソングが、シンガーの長い経験と修練の結果、かろうじて
成り立つ芸術であることを知らない者はいないが、でもあのように、ペコさんの
ように歌えたらどんなに幸せだろうと思える瞬間を必ず与えてくれるのがペコさ
んの歌だ。あっという間に、ステージに、ライブ会場全体に磁場のようなものを
作り上げてしまう。プレイヤーもオーディエンスも、その磁力に吸い寄せられて
ゆく。健吾さんのソロも、後藤さんのソロも秀逸。さあ、トリオで行くぞ!

「セカンドセットは、割と普段歌っている曲が多いんですが、次の曲について
は、今日は何も説明しないでおこうと思います。」とペコさん。僕はこの言葉に
ユーモラスなものを感じて笑ってしまったのだけれど、でも実は意味がよくわ
かっていなかった。曲は武満徹さんの『MI・YO・TA』で、しかもボサノヴァにアレンジしてあったのである。ペコさんは、この曲のための前口上をしないと言ったのだった。サプライズ!僕は、まず息をのみ、次に歌にのめり込んでいった。もともとこの曲は究極の悲しさ表した美しい曲だが、ボサノヴァのアレンジで、心地よい甘さが加わりますます美しさが際だつように感じられた。アレンジといい、演奏といいこれも見事なコラボレーションである。「中村健吾さんのアレンジで『MI・YO・TA』という曲をおおくりしました。この曲は、健吾ちゃんはどうしても「ミドヤ」と言っちゃうんです。(爆笑)だから、健吾さんが『僕このタイトルいいませんね』と……あっ、ばらしちゃった。でも、歌のタイトルって意味がわからないと覚えられませんよね。だからまた言っちゃうんですが、「御代田の「御(み)」は、おみおつけの「み」で、「おみおつけ」は「御・御・御・つけ」で、「み」が三つ入ってるからおみそ汁はえらいんですけど(笑)、その「おみおつけ」の真ん中の「御(み)」なの。で、君が代の「代」に、田んぼの「田」。武満徹さんが、仕事場として使ってらっしゃった別荘地の名前で、軽井沢の近所です。そこは、きっとこもれびが美しい場所なんでしょうね。谷川俊太郎さんがこの詞をお書きになったんですが、たぶん武満さんが出迎えてくださった。そして、そのおうちの中には暖炉があって、その中でいろいろなことを語り合ったんでしょう。そんなことを想像しながら歌っています。この健吾さんのアレンジも素敵でしょう。とてもモダンな感じになっていて…。武満さん、ジャズがお好きな方でしたからこのバーションも喜んでくださっていると思います」。やっと書き取れてほっとしている。「御代田」のペコさん流の説明がとてもおもしろかったからだ。motion blueでの謎が氷解。とてもユーモラスで素敵なMCであった。

「次の曲は…そろそろチョコレートの季節ですね。みんなチョコレート会社の作
戦に乗せられたという…。そのもともとの曲をおおくります。あっ、あれだ!と
思ってる方もいらっしゃると思いますが…。」とペコさん。もちろん曲は『My
Funny Valentine』である。ベースのソロにブルージーなペコさんの声がのって
語りかけるように歌われてゆく。そこにそっとピアノが添えられる。ファースト
ノートから、もう伊藤君子の『My Funny Valentine』。世界中のどこにもない、たったひとつの『My Funny Valentine』なのである。それがスタンダードを歌う意味とでもいうように、声を自在にコントロールしてゆく。ベースの健吾さんも、ピアノの後藤さんもあくまでもメロウでセンチメンタルな演奏で、豊穣の時を刻む。間奏のソロパートを、ペコさんは美しいハミングで応じ、ドラムスレスのこのトリオの魅力をかえって際だたせた後に、また歌詞に戻る。この曲がわずか数分で終わることが、その場にいる誰にとっても限りなく惜しいと思われるような、そんな切ない時間をプレゼントされたのであった。

間髪を入れず、アップテンポのベースが聞こえてくる。『Just in Time』であ
る。ペコさんは健吾さんの顔をのぞき込んで、「ほんまにそのスピードで行く
の?」という顔をしたが、すぐに歌いはじめる。ほんとうに息継ぎをどこでする
のかという速さなのである。ベースにぐんぐんひっぱられてワンコーラスを歌い
きった後、ピアノのソロ。自由に遊ぶ後藤さんは饒舌で明るく、それを受け継い
だ健吾さんのベースも、小気味よく躍動する。ふたりとも楽しくてしかたがない
という感じである。いやしかし、このリズムは、単純に技術では解決できない世
界である。健吾さん、えらい仕込みしはったなあ!ブラボー!「ああ、びっくり
した。ほんまにびっくりした。よかった、間に合った!こんなはやい『Just in
Time』私見たことない。」とおどけてみせるペコさん。「『Just in Time』だけに、間に合ったんやねえ」と健吾さん。みんな笑っている。
「ほなら最後の曲です」とペコさん。オーディエンスから、「えーっ」という声
があがる。「まあ、まあ、まあ、まあ、一応くぎりというのはつけなあかん」と
たしなめる。会場は完全にひとつになっている。最後の曲はペコさんの歌から入
るスローバラッド『Everything Has Changed』である。語りかけるように歌う都会的な曲だが、サビからエンディングにかけてのフレーズがとりわけ美しい。この曲は、ピアノとボーカルの掛け合いで高音部を存分に味わえた。このライブにふさわしい、大人っぽいエンディングであった。会場は、歓声と大きな拍手に包まれたのはいうまでもない。
メンバー紹介ののち、一端控え室に戻ったメンバーは、オーディエンスの大きな
拍手に迎えられてステージに戻ってきた。すぐにピアノの演奏がはじまる。アン
コールはヴァースから丁寧に歌われる『My Foolish Heart』である。ワンコーラ
ス目はピアノとボーカルのデュオで、間奏からベースが加わりトリオ。後藤さん
はスタンダードナンバーを見事に消化して、最後まで美しいピアノを奏でる。あ
あ、美しい。ただただ美しい。会場からブラボーの声が飛ぶ。オーディエンスの
すべての記憶に残るライブはこうして熱く静かにエンディングを迎えたのであ
る。それにしても、なんとすばらしいライブだったのだろう。このレポートの最初に、僕は、これはひとつの事件であると書いた。しかし、あの夜、赤坂B♭にいたオーディエンスのすべてが、そう思ったに違いないのである。確かに、あの
夜、何かが起き、何かが始まった。
ひとつは、僕たち東京のオーディエンスには
ほとんど初お目見えの後藤浩二というすばらしいピアニストに出会えたこと。繰
り返しこのレポートで述べたように、小曽根さんも認めた彼の才能はすばらし
い。その証拠に、彼は僕たちを、最初の一小節で虜にしてしまった。ほんとう
に、この名古屋出身・三十歳のピアニストはため息がでるほど美しい音を奏でる
のである。インストゥルメンタルの演奏も、歌の伴奏もリリカルにしてロマン
チック。パンチも効いている。是非多くの方々に彼の演奏を聴いて頂きたいと思
う。しかし、僕たちは彼の才能のほんの一部しか見ていないのだということに気
づいた。B♭の受付で買い求めた彼のファーストアルバム『A Wonderful Time』は全曲彼のオリジナル楽曲なのだ。小曽根真・中村健吾・三木俊雄、この人々はオリジナル楽曲で新しいジャズの世界を切り開こうとする挑戦者たちだが、後藤さんもまた、僕たちが尊敬し敬愛してやまないこれらのミュージシャンの系譜に連なる人であるということなのだ。次回は、彼の楽曲を彼自身の演奏で是非聴いてみたいと思う。出会ったばかりだが、もう後藤浩二から目が離せない。もうひとつは、選曲と構成の妙によって、今までと違う中村健吾・伊藤君子に出会えたこと。今回のセッションは、健吾さんがペコさんに一通のe-mailを送ったことから実現したらしいのだが、気心の知れた同窓会のようなメンバーだとはいっても、二人のプロフェッショナルが新しい挑戦をし、それを僕たちオーディエンスにまっすぐに投げつけてくれたこと。ネグロ・スピリチュアル、ブルースを歌うペコさんや、武満徹をアレンジする健吾さんの姿に、僕たちオーディエンスはどれほど励まされたかしれないのだ。どうせ一緒にやるんだったら新しいことをやろう!というのは小曽根さんの口癖だが、中村健吾は、確かにそのスピリットを受け継いでいるのである。ミュージシャンが、先輩ミュージシャンを心からレスペクトするということは、たぶんそういうことなのだろう。健吾さんが、今後もプロデュースの才能を見せてくださることを、心から期待したい。最後にひとつ加えるとすれば、今回のライブでは、ベーシスト中村健吾の魅力が前面に出ていて、心から感動したということだ。プロデューサーとして、コンポーザーとして、カルテットやトリオのリーダーとしても才能を十分に開花させている健吾さんだが、やはり僕たちは、中村健吾のベースがもっともっと聴きたいのである。ファンキーで、センチメンタルで、最近ぐっとシリアスな健吾さんに、もっと
もっと自由に奔放にしゃしゃり出て来て演奏してほしい。これでどうやねん!と
やんちゃに見せつけてほしい。そんな願いが、今回のライブではすべてかなえら
れていたと思った。ほんま、めちゃかっこよかったで!健吾さん。
帰りの道々、みんながライブ録音ほしいな…と語ってしまう、そんなハートフル
な、しかし真実ラディカルなライブであったと思う。ほんとうに、健吾さん、後
藤さん、ペコさんのお三方に心から感謝したい。また、このトリオでやりますよ
ね。約束してくださいね。
生意気にも多言を弄しました。お許し下さい。こころからの愛をこめて。



ファーストステージ