2003 Winter Bb @ 赤坂・東京 2/7/2003

ライブリポート by mid-west さん

中村健吾(b)〜後藤浩二(p)Duo Special Guest 伊藤君子(vo)
2003年2月7日(土) 赤坂B♭
First Set
01 Divine
02 OP-OZ
03 Serenade
04 Black Coffee
05 Nobody Knows The Trouble I’ve Seen
06 Sometimes I Feel Like a Motherless Child
07 September in the Rain
08 Imagine
09 Going Home

 これは確かにひとつの事件である。
 2月7日赤坂B♭で行われた中村健吾・後藤浩二のデュオライブに集まった
オーディエンスたちは、誰もがそう思ったはずだ。スペシャルゲストとして
ヴォーカルの伊藤君子が加わるこのライブは、中村の、2003年冬のジャパンツ
アーの最終日に企画された、たった一夜だけの特別なコラボレーションである
が、今後長くファンたちの間で「伝説」として語り継がれる珠玉のパフォーマン
スであったことだけは間違いない。三人のアーティストの極めて高い音楽性につ
いては追々語るとしても、まず、今回のライブを企画した中村健吾の卓越したプ
ロデュースの力に対して、限りない賞賛と感謝の言葉を贈りたい。中村のジャズ
に対する深い愛情と、音楽への敬虔な祈りが通じて、今まさに神は、彼にもうひ
とつの才能を開花させよと命じているようである。中村の細身の肉体に宿る精神
性の高さについては、つとに知られていることではあるが、来日するたびに贅肉
をそぎ落とし、反面音楽家として一回りも二回りも大きくなって行く中村健吾に
出会うにつけ、このジャズベーシストの内面で起きている化学変化のありようを
つぶさに見てみたくなるのが人情であろう。中村は、この夜の後藤浩二・伊藤君
子とのコラボレーションを通じて、彼自身の今を、あますところなく僕たちファ
ンに語ってくれた。MCはいつになく少なかったが、逆にとても饒舌な、豊穣の
ライブであった。以下にそのライブレポートをおおくりする。

午後7時38分、ステージに健吾さんと後藤さんが登場。健吾さんは、いつもと
変わらない満面の笑みである。オーディエンスに手をあげて挨拶をしたあと、健
吾さんは「では、恒例の『Divine』から聴いて下さい」とベースを抱き上げた。
今年三十歳のピアニスト後藤浩二さんが静かに鍵盤に指を落とす。いままで聴い
たことのないスローなテンポで『Divine』の演奏が始まった。後藤さんのピアノ
はひとつひとつの音が粒だって聞こえつつ、それぞれが見事にハーモナイズして
極めて美しい。最初の一小節でオーディエンスの心をとらえ、二小節目で涙腺を
ゆるませてしまう。重さと軽みとを絶妙のバランスで併せ持つ魔法の靴である。
僕たちは、あっという間に、その音色の美しさとフレージングに引き込まれてし
まった。僕の前に坐っていた轟会長が語る。「ピアノの音を聞くだけで涙が出て
きたのは、小曽根さんに続いて二人目だ」と。恐るべき名古屋の逸材の登場であ
る。この日のためにリ・アレンジしたのであろうか、後藤さんは健吾さんの名曲
を完全に自家薬籠中のものとした上で、リリカルな音色を産み出す。そこに、健
吾さんのベースが加わり、深遠なこの夜だけの物語を紡ぎ出すのである。純粋な
ふたつの魂が、真正直に向かい合うことでしか生まれないリリシズムとロマン
ティシズムにあふれているのだ。僕は、一曲目から深くため息をついた。二曲目
もデュオで、「OP-OZ」。(不覚にも僕はタイトルを失念。三鈴さんに御教示い
ただいた。)ファンキーなこの曲を、ふたりはしきりにアイコンタクトをとりな
がら楽しそうに演奏する。後藤さんのピアノは、鍵盤の広いレンジを多彩な音色
で使うものだが、この曲ではとりわけ高音部を執拗に攻める。不協和音を用いた
コンテンポラリーな味付けは後藤さんならではだが、しかしあくまでもスイン
ギーでソウルフル。身体がひとりでに揺れ始める。ソロがベースに移ると、負け
じと健吾さん、いつものように身体をしならせ、鼻歌でメロディーを追いながら
弦を爪弾く。健吾さんの入魂の表情がとてもいい。この人もまたジャズの精なの
である。再びピアノがソロをとったかと思うと、すぐにベースが割り込み、完全
なチャットとなる。健吾さんは、ベースの正面をピアノのほうに向けて豊かな会
話を楽しんでいるかのようだ。こうした局面では、ジャズはまさに格闘技であ
る。二人とも渾身の力を振り絞ってフィニッシュ。沸き上がる拍手の中、健吾さ
ん自身も感極まって声にならない声を上げる。雄叫びのようだ。一方、後藤さん
は、眼鏡を外してハンカチで汗をぬぐっている。と、健吾さんは、合掌して後藤
さんに深々とお辞儀をする。後藤さんも、深く一礼。すばらしいセッションの
後、二人のミュージシャンがレスペクトの気持ちをとても素直にあらわしている
ことに、僕たちは深く感動していた。

三曲目は美しくセンチメンタルな曲『Serenade』。以上三曲は、すべて健吾さん
のオリジナルである。後藤さんのピアノは、ピアニッシモの小さな装飾音もきち
んと聴かせてくれる。インプロヴィゼーションにおけるスピードのコントロール
や音の強弱のつけかたにも、さまざまな挑戦があって、たとえ一音たりともも聞
き逃すことができない感じ。健吾さんのベースも、デュオライブならではの奔放
な歌い方で挑発するから、二つの楽器のからみあいが爽やかにセクシーですらあ
るのだ。

四曲目から、ペコさんが登場。今夜のペコさんは黒のパンツに白のシャツを着こ
なし、黒のオーガンジーのストールを羽織っている。ボーイッシュにしてかつス
タイリッシュ。とても都会的なイメージだ。ブルージーなスタンダード『Black
Coffee』で、一気にオーディエンスの心を鷲掴みにし、存在感を示す。ペコさん
の小さな身体からパンチの効いたジャズボーカルがあふれるように湧き出てくる
が、それに少しもひるむことなく後藤さんと健吾さんのバッキングが絡んでゆ
く。とてもはじめて組むトリオとは思えない見事さだ。お互いがお互いを上手に
挑発するので、否が応でも曲は盛り上がってゆく。ソロパートが、ピアノそして
ベースとまわったところで、ペコさんが健吾さんの前に顔を差し出して「今度は
私?」と自分を指さす。健吾さんが「そうだよ」と目で合図して、ふたりのバト
ルがはじまった。ペコさんは超絶技巧ともいえるスキャットで、自分を楽器に見
立てる。このペコさんが、その昔、先輩ミュージシャンから、音程が外れるか
ら、生意気にスキャットなんかするんじゃないと忠告を受けたことがあると聞い
た。それからの修練の凄まじさ…。僕たちはこんなすばらしいスキャットが聴け
ることに心からの幸福を感じずにはおられない。健吾さんも、渾身の力を振り絞
りながら応戦。アイコンタクトをしきりにとりながら、とてもセクシーなエン
ディングまで曲を導いていったのである。

「こんばんは!」とペコさん。オーディエンスも「こんばんは」と応える。後藤
さんの方を手で指し示しながら「どえりゃー、うみゃーでしょう?」といきなり
名古屋弁。もう会場は爆笑の渦である。もちろん後藤浩二さんが、名古屋出身の
ピアニストであることにちなんでの愛情に満ちた発言。後藤さんの肩が揺れてい
る。実に豪快な先輩からのウエルカム・メッセージなのである。「でりう
ま!」。僕の調査によると、「でり」は「どえらい」の縮約形で、若者の使う言
葉らしい。ペコさんは「でりうま!」ともう一度。オーディエンスはやんやの喝
采である。「後藤さん、これでまだ三十歳なんですって。もう私の息子って感じ
でねえ…」とペコさんが目を細める。今度は健吾さんの方を向いて、「こちらは
ニューヨークから帰ってきた…」と紹介しようとしたら、すかさず健吾さんは
「日本語、少シ ハナセル…」と謎の東洋人のまねでツッコミを入れる。また会
場は爆笑の渦となった。こういう局面では、このトリオまさに関西系コミックバ
ンドなのである。「なんだか同窓会みたいね」とペコさん。はじめてのピアニス
トがいても、同窓会。はじめから、同窓会。ステージに笑みが広がる。そして会
場に笑顔が伝染する。会場がひとつになった

「次の二曲は、健吾さんが私のために選んでくださった曲で、私にとってははじ
めての曲です。いわゆるスタンダードではないんですが…どちらも重い曲ですよ
ね。」とペコさんが健吾さんのほうを見る。健吾さんが深くうなずいた。今回の
ライブでは、健吾さんがペコさんに、新しい曲を提案したり、ペコさんが健吾さ
んに新たにアレンジを依頼したりしている。新しいコレボレーションに挑戦する
なら、新しい曲にも挑戦しようという意図が見て取れる。五曲目は、ネグロ・ス
ピリチュアルズの名曲『Nobody Knows The Trouble I’ve Seen』。ベースのソロで入って、比較的早いテンポで演奏される。素朴なアレンジであくまでもシンプルに…そのことが見事にこの歌の魅力を引き出し、またペコさんの歌のうまさを際だたせる。健吾さんはアルコ奏法で歌いおさめる。”glory, glory,
hallelujah!”

六曲目は、健吾さんが指でタクトを振って後藤さんのピアノソロで入る、
『Sometimes I Feel Like a Motherless Child』。健吾さんのライブではおなじみのブルースである。ペコさんはこの哀愁漂う名曲を切々と歌い上げる。ピアノとベースの伴奏が、ペコさんの歌を見事に輝かせている。健吾さん、これがやりたかったんだ!

七曲目は、ぐっとスインギーな『September in the Rain』。このトリオは百面
相である。スキャットとベース、ベースとピアノの掛け合いがエキサイティン
グ。健吾さんは、ずっと歌いっぱなしである。その目を閉じて演奏に入り込んだ
表情をペコさんは愛おしそうにのぞき込んで、また渾身の力で歌い出す。これで
楽しいわけがない。後藤さんも、彼のもつ多彩な音楽的ボキャブラリーを駆使し
て自由闊達なチャット。いやはや…人生観がかわってしまいそうだ。
ついにファーストセットも8曲目に突入する。ジョン・レノンの『Imagine』で
ある。ベースのソロで入って、静かに歌が乗ってくる。いつもながら…すばらし
い楽曲と、それにふさわしい演奏である。ご存じのように、この曲は2001年9月
11日の同時多発テロが起きてからしばらくの間、アメリカのマスコミでは実質上
の放送禁止になっていた曲である。その曲がつい先日、感動的に全米・全世界に
流された。スペースシャトル・コロンビアの乗員のひとりが、この曲を自らの
モーニングコールに選んだからだ。彼は、スペースシャトルの窓から青い地球を
眺めながら、『Imagine』を聴いていた。彼はアメリカ人であったけれど、恐ら
く平和を心から希求していたに違いない。戦争について何も語らなかったけれ
ど、この曲を選んだことが、彼の雄弁なメッセージになりえていたと思う。僕と
同年代の宇宙飛行士だった。その彼が、今はもういない。ダコタ・ハウス、ワー
ルド・トレードセンター、そしてスペースシャトル・コロンビア。常に悲劇とと
もにあるこの歌だが、しかしその度に、人々はこの歌を歌う。僕たちはこの曲を
聴く。ペコさんの思い、健吾さんの思い、後藤さんの思いがひとつになって、僕
たちの魂を浄化していった。この曲に関するMCはひとこともなかったけれど、
すべてが僕たちに伝わったのである。

九曲目はファーストセットの最終曲。『Going Home』(邦題『家路』)である。ノスタルジックでリリカルなメロディー、そして美しい歌詞。ベースとピアノのデュオで入る。ベースはずっとアルコ弾きで、そこに、ペコさんの歌が乗る。今夜は「遠き山に日は落ちて…」というおなじみの日本語の歌詞より、 Going
Home, Going Home,と歌い出す英語の歌詞のほうがずっとシンプルで心に響く。
僕は、何度目かの涙を流していた。歌の力を、音楽の力を感じたからだ。集まっ
たオーディエンスの誰もがそう実感していたに違いなかった。すばらしいテク
ニックを持ち、高い音楽性をもったミュージシャンたちが心をひとつにして、と
てもシンプルな曲を演奏する。そこからあふれ出すセンチメント、リリシズムは
究極の美しさである。誰もが圧倒され、説得され、自分の内面を、記憶をたどり
はじめる。静寂の中で、音楽は演奏されてゆく。曲が終わって、残響が消え、一
瞬の静寂ののち、拍手が沸き上がる。こうして、感動のファーストセットは終
わった。健吾さんの祈り(『Divine』)は、確実にオーディエンスに届いていた。



セカンドステージ